東京高等裁判所 昭和38年(う)1026号 判決
判決理由〔抄録〕
本件当時施行されていた道路交通取締法第十五条は、「車馬又は軌道車は、鉄道又は軌道の踏切を通過しようとするときは、安全かどうかを確認するため一時停車しなければならない。但し信号機の表示、当該警察官又は信号人の指示その他の事由により安全であることを確認したときは、この限りではない。」と規定している。右規定本文によれば、車両等が踏切を通過しようとするとき停止しなければならないのは、安全かどうかを確認するためであるから、車両等は踏切直前で単に機械的に停止するだけでは足りず、停止のうえ現実に安全かどうかを確認しなければならない。ここにいう安全確認とは、事故発生の虞れのないことが当該踏切の客観的情況に即応する合理的な判断によって認められる場合を指すのである。(中略)けだし、踏切遮断機は、主として列車の踏切通過の安全を図る目的で鉄道側の設置管理する保安設備であって、踏切を横断しようとする者の安全確保を本来の使命とするものではなく、したがって、遮断機の開放は、必らずしも踏切を横断しようとする者に対し、進めの信号を積極的に表示しているものとは認めがたいのであり、事実遮断機の故障、踏切警手の怠慢、仮睡等の物的又は人的障碍により遮断機が閉鎖さるべき場合に開放されていることが往々にしてあることは、経験の明らかに示すところである。なお、列車の警笛を聞かなかったという消極的事由も右但書にいう「その他の事由」に当らないことは、いうまでもない。殊に、遮断装置の設けられている踏切に接近する列車は、警笛を吹鳴することを義務づけられていないのであるから(日本国有鉄道運転規則第二十九条、当審証人島崎満に対する尋問調書参照)、この種踏切にさしかかった際列車の警笛を聞かなかったということは、列車接近の有無を知るについては、ほとんど意味がない。したがって、本件において被告人伊藤が滝坂踏切山側入口付近にさしかかった際、遮断機が開放されているのを見、列車の警笛を聞かなかったということだけでは、右法条の要求する安全確認をしたことにはならない。(中略)
一時停車のうえ安全を確認する方法及び程度は、当該踏切の保安設備の有無、程度、見通しの難易、その他の具体的情況に応じ社会通念に従つて決せられるべきことについては、すでに一言した。常時踏切警手によって遮断機の捜査の行われている第一種踏切の場合であっても、これを横断しようとする車両等の操従者としては、遮断機の開放のみに頼ることなく、みずから安全を確認することを義務づけられている以上、情況に即した適宜の方法によって客観的に安全であるとの判断を可能ならしめる程度の監視を行うべきである。したがって、踏切手前の一時停車した箇所からの軌道上への見通しが悪い場合には、該箇所から左右の見通しうる範囲を見通しただけでは足りず、情況の許すかぎり、より見通しのきく地点まで進出して停車したうえ、左右の軌道上を充分監視すべき注意義務を負うているものといわなければならない。(中略)
当時被告人伊藤が同踏切山側入口手前から安全圏内をできるだけ前方に進出し、少なくとも車体の先端若しくは運転席が遮断機降下線のあたりに位置する程度に進出して停車したうえ、運転席からそのままの姿勢で、あるいは前方窓近くに上半身を傾けるなり、側面の窓から前方に上半身を乗り出すなりして、左右軌道上を入念に監視したならば、同乗者をして下車誘導させる措置に出るまでもなく、下り貨物線軌道上を左方東京方面から同踏切に向かって進行して来る前記架線試験車を発見することができ、同車の通過を待つことによってそれとの衝突を免れることができたものといわなければならない。しかるに、被告人伊藤は、さきに説明したとおり、同踏切山側入口手前の見通しの悪い箇所で二、三秒間停車し、まず右方を次いで左方をちょっと見ただけで、すぐ発進して同踏切内に進入したのであり、その間の消息を同被告人の前掲各供述調書により更に明らかにすると、同被告人は遮断機が開放されており、前方踏切内にも障害物がないのを見て漫然安心感を覚え、右停車地点で右方及び左方の見透しうる範囲を単に瞥見しただけで直ちに発進し、そのまま進行を続けたものであることが認められるから、同被告人は踏切直前における安全確認の義務を怠った過失を犯したものといわなければならない。
のみならず、被告人伊藤の右一時停車地点より発進してからの措置にも遺憾の点がある。自動車運転者は踏切前で一時停車をすれば、その後発進して踏切を通過する際になんらの注意をも払う義務がないというものではない。自動車運転者は、殊に被告人伊藤のように見通しの良くない地点で一時停車し、右方及び左方を瞥見しただけで再び進行を開始したような場合には、それまで視界に入らなかった接近列車の突如進来することのあるべきことを慮り、時機を失しないよう機敏に左右線路の情況を注視し、機に応じて適切な避譲措置をとりうるよう配慮すべき注意義務がある。(中略)